文字サイズ

第15回 高齢者の背中曲がり・腰曲がり
(後弯症)

今回は『高齢者の背中曲がり・腰曲がり(後弯症)』について、自治医科大学 整形外科学教授の竹下克志先生にお話を伺いました。竹下先生は日本脊椎脊髄病学会の理事であり、日本側弯症学会幹事、日本運動器科学会(旧日本運動器リハビリテーション学会)評議員を務められるスペシャリストです。

  1. 背中曲がり・腰曲がり(後弯症)とは
  2. 高齢者の背中曲がり・腰曲がり(後弯症)の原因
  3. 女性に多い病気
  4. 症状
  5. 診断
  6. 内臓への影響:逆流性食道炎
  7. 治療
  8. 手術を受ける前に
  9. まとめ

背中曲がり・腰曲がり(後弯症)とは

図1 背骨(脊柱)

背骨(脊柱)は、前後の方向から見るとほぼ真っ直ぐで、横から見ると首(頚椎)、胸(胸椎)、腰(腰椎)の部分でそれぞれ前後に弯曲しています(図1)。頚椎と腰椎が前弯といって前に出た形、胸椎が後弯といって後ろに出た形です。この弯曲によって、しなやかなバネのような感じで上体を前に倒したりすることができるのです。

この背骨(脊柱)が、異常に曲がってしまうことを脊柱変形といいます。曲がる方向は、大きく「前に曲がる(前弯症)」、「後ろに曲がる(後弯症)」、「横に曲がる(側弯症)」に分けられますが、一番問題になるのが前に曲がる後弯症です(図2)。後弯症には、腰の前弯が後弯になるタイプと、胸の後弯がさらに強い後弯になるタイプ、首の前弯がなくなって前に倒れるタイプ、そして、これらが合わさったサイプがありますが、何らかの症状をともなって受診する患者さんの多くが腰(腰椎)の後弯症です。

高齢者の背中曲がり・腰曲がり(後弯症)の原因

図2 後弯症

子供の頃から側弯症などの脊柱変形があってそれが進行してくる場合と、成人してから発症する場合の2通りがあります。いずれも、年齢が40~50代を過ぎてくると加齢性の変化がおこり、特に椎間板(軟骨)が弱くなってつぶれたりずれたりすることで背骨(脊柱)の変形が進みます。また、骨粗しょう症性の圧迫骨折によって曲がってくる場合も非常に多いです。

後弯が多い理由として、日常生活での姿勢が影響していると言われています。日常の動作では、ほとんどが自分の前方で作業をする(ものを持ったり、拾ったりなど)姿勢になります。すると、体を前に倒すことが多くなり、背骨(脊椎)の前方に負荷がかかりやすく、そのために後弯になる人が多いのではないかと考えられています。

女性に多い病気

後弯症を含む背骨の変形は女性に多い病気です。その理由として女性ホルモンの関連性が指摘されています。成人してから進行する患者さんを見ると、特に閉経後に曲がってくる場合が多いです。また、脊椎圧迫骨折の原因にもなる骨粗しょう症は、女性ホルモンとの関連性がよく知られています。女性ホルモンが椎間板などの軟骨の変性にも関係しているのかどうかはまだ十分な研究がされておらず不明ですが、軟骨は体が柔らかいほど負担がかかり変性が進みやすいと言われています。

また、男性と女性とでは筋肉量にも違いがあります。例えば10代の側弯症患者さんの9割は女の子ですが、痩せていて筋肉の量が明らかに少ないお子さんが多いです。筋肉、特に体幹の筋肉は、姿勢の保持、つまり背骨(脊柱)の保持に重要な役割を果たしています。このことも年齢に関係なく背骨の変形が女性に多いという原因の一つと考えられます。

症状

症状については、まだすべてが解明されているわけではありませんが、最も多く言われているのは痛みです。痛みには2種類あります。一つは、曲がっている背骨の周りの痛みです。実はどの部分からくる痛みなのかがよくわからないことがあります。骨の痛みなのか、椎間板からくる痛みなのか、背骨の関節部分の痛みなのか、また、その周りを支えている筋肉の痛みということもよくあります。もう一つは、ヘルニアの患者さんにあるような神経の痛みで、足に痛みが出ます。背骨の周りの痛みと足の痛み(神経痛)、この2つが主な自覚症状と言われています。

これらの症状は、背骨に変形がない患者さんでもよく聞かれますが、脊柱変形で曲がりが大きい人はより痛みが強い傾向にあり、時に激烈な痛みを訴えることもあります。そして、長い時間同じ姿勢でいることに耐えられないという訴えが多く聞かれます。これは、背骨の変形で特定の筋肉に負担がかかり、その部分が疲れて筋肉痛になるためです。

女性の場合は特に家事労働に支障をきたすかたが多く、立って食事を作ることが辛くて、肘をついて調理をするために、肘にタコができるかたもいるほどです。横になれば痛みが無くなる人も多いのですが、人間らしい生活をしようと思うと痛くてできない、そのようなかたが多いです。また、曲がりが強いと顔が下を向いたような姿勢になるため、前が見づらいとか、外見が気になるというかたもいます。

診断

レントゲン(X線検査)で診断することができます。さらに、痛みの場所を特定する場合には、痛みの原因と思われる部分、例えば椎間板や椎間関節に麻酔薬を打ち、それで痛みが取れればそこが痛みの原因であろうと判断します。
同時に、他の脊椎の病気がないかを調べることも重要です。まれにですが、脊椎の腫瘍や椎間板ヘルニアなど別の病気が見つかることもあるため、注意深く診察を行っています。なお、他の脊椎の病気がある場合は、最初にその治療を行うことになります。

内臓への影響:逆流性食道炎

逆流性食道炎は、胃酸などが食道に逆流して食道の粘膜を刺激し、びらんや炎症をひき起こす病気で、最も多い自覚症状が「胸焼け」です。消化器内科で診ることが多い病気ですが、実はその中に背骨(脊柱)が曲がっている人が相当数いることがわかりました。後弯症(特に腰の後弯)によって、胃や腸などの消化管を圧迫することが原因と考えられ、我が国の研究でも、後弯があると逆流性食道炎になる可能性が非常に高いという結果が出ています。

さらには、後弯自体が寿命に影響するというデータも出ています。その理由として、肺への影響(肺を圧迫して肺活量が少なくなる)なども考えられますが、後弯になると体の重心が前方に移るため、転びやすくなる、転んで足の骨折などのけがをする、そして寝たきりになる、という具合に、生命予後に大きく影響を及ぼすと考えられます。我々が認識している以上に、全身への負担がかかる重要な病気と言えます。

治療

① リハビリテーション:筋力の維持と増進

最初に行うのはリハビリテーションです。人によっては非常に効果が高く、痛みが無くなることもあります。脊柱変形に対する特別な体操は一般的でなく、通常の腹筋・背筋トレーニングを行います。後弯症の患者さんにとっては、特に背筋が重要です。しかし、背中が曲がると背筋トレーニングがしづらくなります。それは、背中や腰が曲がることで背筋が伸ばされた状態になり、その伸びきった筋肉を縮めるのに非常に力がいるからです。また、背中が曲がっているので反らせようと思ってもできません。ですから、まずはうつ伏せの姿勢を取ることから始めていきます。

痛みというのは不思議なもので、どこかに痛みがあると、そこから体のあちこちに痛みが広がっていくことがあります。リハビリテーションは、背中の痛みを直接とり除く効果はありませんが、他の部分に広がっていく痛みに対しては効果があります。そのような余計な痛みがなくなれば、より動けるようになり、すると本来の痛みも軽くなってくる、という患者さんも多いようです。

まったく痛みが無くなることはないかもしれませんが、変形があってもなくても、リハビリテーションを試してみることはとても意味があると思います。少なくとも筋力は維持できますし、運が良ければ筋肉を増やせるかもしれません。先ほどもお話しましたが、背骨(脊柱)を支えるためには筋肉量が重要であることがわかっています。いかに筋肉を維持するか、筋肉を増やすか、ということが医学会の重要なテーマにもなっています。

② 薬物治療:痛みのコントロール

痛みに対して鎮痛剤を投与します。現在、後弯症の痛みに対して最も使用されているのはオピオイドという麻薬系の薬です。もともと、がんやケガなどによる痛みに対して使われている薬ですが、ここ数年で、関節や背骨の痛みに対しての使用が確立されてきました。以前は、非ステロイド性鎮痛薬が多く使われていて、効果は高いのですが長期に飲み続けると副作用で胃潰瘍になるかたがとても多いことが問題でした。そのような意味でも、オピオイドは特に高齢の患者さんにとっては負担の少ない薬と考えられます。

痛みをコントロールすることで、通院が不要になる患者さんも少なくありません。痛みがなくなれば動くことができます。動けることで、リハビリテーションもできるようになります。それまで使われなかった筋肉を使えるようになり、結果的に筋力が増えることが期待できます。また、動き始めるとどんどん活動の範囲が広がっていき、人付き合いも活発になります。このような社会活動は人間の機能を維持するためにとても重要なのです。家に閉じこもり、誰とも話をしないでいれば体の機能も落ちていきます。薬ですべてを治そうということではなく、痛みのために動けない人が、動き出せるきっかけを作ることが最大の効果であると思います。

③ 手術治療

リハビリテーションや薬物治療でも効果がない場合は手術の適応となります。多くは背中や足の痛みが強い場合ですが、逆流性食道炎の症状がひどい場合や、見かけの問題で手術を希望されるかたもいます。

手術では、金属製のネジや棒を使って曲がっている骨をより自然に近い形に矯正し固定します。場合によっては胸から腰、骨盤まで固定することもあり、とても大きな手術になります。同じような手術でも、子供の場合は4-5時間で終わるものが、高齢者の場合は6~12時間と長い手術になります。高齢者は骨も弱く、そのほかの組織も変化していることが多いため、より難しくなるのです。また、手術をする範囲が大きくなれば出血量も多くなります。

背骨を矯正すると痛みが改善し、それまで寸胴に見えていた上体がすっと伸びてモデルさんのようになって、みなさんしゃなりしゃなりと歩かれています。

問題は背骨(脊柱)が動かなくなることです。上体の大きな動きを必要とするような趣味や仕事、特にかがみこむような動作や農作業などはできなくなります。同じ農作業でも、リンゴ農家など上を向いて行う作業はしやすくなります。

エックス線画像(正面)エックス線画像(側面)

手術を受ける前に

高齢者の7~8割は少なからず背骨が曲がっているというデータもあるようですが、多くかたは特に症状もなく普通に生活されていると思います。病院の外来では、後弯症で受診する患者さんは確実に増えていますが、これは、外来患者さんの高齢化や、昔は大家族で家事労働の負担も少なく生活に不自由を感じなかったとか、あるいは、活動的な高齢者が少なかったことなどにより、受診するに至らない人が多かったのではないかと考えます。

今の70~80代、あるいはそれ以上のかたはとても活動的な人が多いです。病院に来られるかたは、痛みなどで辛いのはもちろんですが、病気を克服して、普通の生活をとり戻したい、外見を気にせずしゃんと歩きたい、さらに旅行にも行きたいなどという前向きな気持ちを持っている患者さんが多く、そのようなかたが手術を受けられることが多いです。

我々も、手術後に明るく生き生きとした患者さんを見ることが何よりも嬉しいです。ただし、先ほどもお話しましたが、患者さんの生活環境によっては手術を行わない方がよい場合もあります。ですから、ご自身の生活にあった治療を医師とよく相談することが大切です。また、背中が曲がってくるのはある意味、人間の自然な老化現象でもあります。その現象にあらがうように、単に背中が曲がっているということだけで手術を受けるべきではないと考えています。

まとめ

脊椎の手術で最も難しいとされるのが脊髄腫瘍の手術と矯正手術です。特に高齢者の矯正手術を行う医師は、手術の基本となる子供の矯正手術を数多く経験することが必要と考えます。ですから、手術を受ける際は、成人の脊柱変形の矯正術はもちろんのこと、子供の矯正手術も行っている医療機関を選ぶことをお勧めします。

最近では新しい手術法が開発され、以前に比べるとはるかに患者さんの負担は少なくなりつつありますが、それでも大きな手術であることにかわりありません。まずはリハビリテーションや痛み止めで治療を行い、それでもだめなら任せてください、と言える医師が理想と思い日々診療にあたっています。

また、人口の高齢化にともない、後弯症の患者さんは今後も増えていくことが予想されます。メタボ(メタボリック症候群)と同じように、若いうちから運動を継続して行い、筋肉を落とさないようにすることが大切です。

協力:自治医科大学附属病院


『腰の曲がりと痛みについて』オンライン市民健康講座を公開中 →こちらをクリック