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第11回 低侵襲でおこなう腰椎固定術

今回は、これまでよりもさらに侵襲の少ない腰椎固定術について、福岡県小郡市にある福岡志恩病院 理事長の小橋こはし 芳浩よしひろ 先生にお話を伺いました。
小橋先生は脊椎脊髄病指導医であり、年間200例の脊椎手術(低侵襲による腰椎固定術70例)をこなすスペシャリストです。

  1. 腰椎固定術
  2. 低侵襲手術(MIS=Minimally Invasive Surgery)とは
  3. 低侵襲による腰椎固定術の実際
  4. 従来の手術法との違い
  5. まとめ

腰椎固定術

1.適応となる状態

脊椎には生理的弯曲と呼ばれる前後のカーブがあり、腰椎では、前弯(お腹側に凸型にカーブ)しています。そして、腰椎は前屈、後屈、そして若干の側屈および回旋運動を行うことができます。
脊椎の中には脊柱管という脊髄神経が通る管(空間)がありますが、その管は、腰を前屈しても、後屈しても、回旋しても、常に温存された状態にあるのが正常です。
腰椎固定術が必要となる状態は、この脊柱管が、なんらかの動きの時に破綻された場合、また、脊柱側弯症のように腰椎が前後左右にずれて脊柱管が狭くなる場合です。
腰椎固定術の目的は、どのような腰の動きに対しても脊柱管が常に温存している状態(狭窄がない状態)にすることです。ですから、逆に、腰椎の前屈や後 屈などの動きで脊柱管が温存されていれば、固定の必要はないと考えます。腰椎を動かした時に狭窄しなければ、固定術の適応とはなりません。

診断のポイント

レントゲンの動態撮影で確認します。通常のレントゲンではわからないものもあるため、腰椎を前屈/後屈した状態で撮ります。
問題のある腰椎の場合は、前屈した時に椎体がずれてきたり、脊椎の後方が開大したりします。

2.固定の方法

腰椎を固定する方法はいくつかあります。前弯がなくなって後弯したり、まっすぐになってしまった場合(ストレートバック)など、腰椎のずれの程度によって方法が決まります。

例えば、前屈した時に腰椎の後方が開大するのを防ぐために、棘突起だけにプレートをあてて固定する方法も一つです。また、椎骨に背中側からスクリュー(ネジ)を入れる後側方固定もあります。また、TLIF(経椎間孔進入による椎体間固定術)や前方固定が必要になる場合もあります。どの程度の動きによって脊柱管が破綻するか、また、脊椎の並びがどの程度崩れてしまうかによって、固定方法を選択すべきであると考えます。

3.腰椎固定術のメリット

医師から「腰椎の固定術をしましょう。金属を使った手術をしましょう。」と言われた場合は、確かに通常の脊椎手術よりも難しい手術になるとは思います。
しかし、固定術には一つ大きなメリットがあります。脊椎の役割には「神経を守る」、「体を支える」というものがありますが、金属を使った固定をすることで、その「体を支える」という役割を補い、脊椎の再建ができるということです。
つまり、神経の圧迫を取り除く(除圧する)ために、骨を大きく削ることも可能になり、神経の圧迫を完全に取り除くことも可能になります。そのような意味では、神経に対して優しい手術と言えます。

低侵襲手術(MIS=Minimally Invasive Surgery)とは

低侵襲手術とは何か、という定義は非常に難しいです。外科治療において低侵襲手術が導入された当初は、「皮膚切開(皮膚を切る長さ)が小さい」という のが最大の特徴であったと思います。脊椎の手術においても、皮膚を大きく切らず、チューブレトラクターという小さな筒を脊椎に入れて手術をしようというこ とから始まったと思いますが、現在の私の考える低侵襲手術は次のような5つの条件を備えているものと考えています。

脊椎の低侵襲手術 5つの条件

1. 神経に対する低侵襲
2. 骨に対する低侵襲
3. 筋肉に対する低侵襲
4. 患者さんの全身状態に対する低侵襲
5. 執刀医(脊椎外科医)に対する低侵襲

1.神経に対する低侵襲

これは十分に視野を獲得することを意味します。例えばヘルニアの手術の場合、内視鏡の手術MED法というのが数多く行われていますが、これは熟達して いない医師が行うと、十分な視野が確保できず、非常に危険な手術になってしまいます。見た目は非常に小さくきれいな創ですが、神経に対しては侵襲の大きな 手術になってしまう場合もあるのです。
ですから、誰が行っても、視野がきちんと確保することで神経の走行を目で確認でき、神経を大きくよけることなく行えるような手術を考えて行く必要があると思います。

2.骨に対する低侵襲

皮膚切開を小さくしても、その下で骨をどんどん削ってしまうようでは意味がありません。例えば、椎間関節をできるだけ温存する手術や、椎弓の骨切りを必要最小限にします。また、片側進入両側除圧といって、片側から進入して両側の除圧を行うことで、棘突起と反対側の筋肉は完全に温存できます。

3.筋肉に対する低侵襲

今はこれが一番大事だと思っています。固定術をした後の“遺残(いざん)腰痛(ようつう)”というのが問題になっています。原因として、手術による筋 肉のダメージが非常に強い場合に起こることがわかりました。筋電図を用いて術後の筋肉の回復状態を調べたところ、手術中の筋肉のダメージが大きいと、術後 の筋肉の電位の回復が遅れることがわかりました。そして、侵襲の低い手術をすると、術後は同じように筋肉の電位が落ちるのですが、早い時期から再び上昇し て正常化していきます。手術による筋肉へのダメージはありますが、それをできるだけ少なくすれば、術後の回復の速さがまったく違ってくるのです。

4.患者さんの全身状態に対する低侵襲

低侵襲手術の場合は、もともとの方法(大きく開く手術)と比べると、出血量が明らかに少なくなります。
ただし、医師が低侵襲手術に慣れるまでは、手術時間がどうしても長くなります。そうなると、それはもう低侵襲ではなくなってしまうのです。それは麻酔 時間と関係していて、麻酔をかけている時間が長くなると、患者さんの回復にも時間を要することになるからです。

5.執刀医(脊椎外科医)に対する低侵襲

執刀医にとっては、術野がしっかりと確保できないと、手さぐりで操作をすることになり、非常に精神的ストレスが大きくなります。ですから、きちんと術 野が把握できる環境下で手術を行うことが必要になります。私は除圧をする際には顕微鏡を用いて手術操作を行っていますが、これも慣れるまでは時間がかかる ものの、今では無いとストレスに感じるほどになっています。

これらがすべて揃えば、それは究極の低侵襲手術になると私は考えています。しかし、この5つの条件がすべて揃うということは実はそう多くありません。 この5つの条件がすべて揃った究極の低侵襲手術は、腰椎固定術全体の1-2割程度となっています。

低侵襲による腰椎固定術の実際

腰椎固定術における低侵襲手術は、皮膚切開を小さくしてチューブレトラクターを使用することから始まりましたが、視野が取りづらいということから、 チューブの先が羽のように広がる(開く)ものが開発されました。しかし、今度はチューブが広がることによって筋肉が圧迫されてダメージが大きくなるという 問題が出てきました。また、後方からスクリュー(ネジ)を入れる場合も、皮膚を大きく切らずに、背中の皮膚の上から入れる方法があったのですが、それも筋 肉損傷につながるということもわかってきました。
このことから、現在考えられる最良の方法は、皮膚はある程度切るけれども、筋肉に筋肉と筋肉の間を分けていく、つまり、筋肉の膜を破らないで進入する手術法であると考えています。
特に後方からスクリューで固定する場合にはこの方法を取っています。さらに、スクリューを刺入するポイントはナビゲーションシステムを使用して、手術の精度を高めるようにしています。
また、チューブレトラクターを使って固定術を行う場合は、短時間で1回広げた羽を閉じ、筋肉のマッサージをするようにしています。可能な限り、小さな 開創器を使い、筋肉への圧迫を少なくするように工夫しつつも、視野を十分に確保する方法をとっています。
私の場合は、皮膚切開に関しては一時に比べて長くなってきています。それよりも、筋肉への温存を非常に大事にしようという方法に変わってきているので す。皮膚切開の大きさは、術後の痛みや合併症、回復にはまったく関係がありません。ただ、患者さんにとっては美容的にとても大きな要素ではあると思いま す。椎間板ヘルニアなどは小さな創で治療してもらったらうれしいでしょう。しかし、固定術に関しては小さな創は期待しない方が良いのではないかと思いま す。

従来の手術法との違い

手術時間は、医師が慣れてくればほとんど変わりません。低侵襲手術のどの方法をとっても、熟練してくれば同じで、かえって従来方法よりも短くなることもあります。また、筋肉を温存するので、出血量は確実に少ないです。
また、患者さんの術後の回復が速いです。これまでは、術後2週間経ってようやく痛みが取れてくる、という感じでしたが、低侵襲手術では、術後の痛みが少な くなり、さらに手術の翌日からしっかりと食事を取ることができるようになりました。しっかりご飯が食べられるということは、患者さんの回復のバロメーター になります。
技術的には低侵襲手術の方がはるかに難しいです。誰でもできる手術ではありません。私の場合は、韓国で初めてこの手術に立ち会い、「こんな手術があるんだ」と衝撃を受けた時から始まり、500以上の低侵襲手術を経験して、今に至っています。

まとめ

今日、腰椎固定術における低侵襲を定義することはとても難しくなっています。確実で危険性が少ない方法で手術を行うというのが今の流れのように思います。丁寧で上手な先生は低侵襲でなくとも満足のいく手術をされるでしょう。
これから手術を受けられる方は、術後元気に、そして、自信を持って日常生活を送ることができるように、ご自身がどのような手術を受けるのか、手術のメリットとデメリットを主治医に確認し、十分納得した上で手術にのぞまれることをお勧めします

2011年10月15日市民健康講座のご案内

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