文字サイズ

第10回 脊柱変形

今回は『脊柱変形』について神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院 整形外科 准教授の笹生ささお ゆたか先生にお話を伺いました。笹生先生は日本側弯症学会の指定医であり、脊柱変形のスペシャリストです。

  1. 脊柱変形とは
  2. 特発性側弯症
  3. 側弯症の手術治療について
  4. 成人の側弯症治療
  5. 側弯症と診断されたら

脊柱変形とは

脊柱変形とは、正常な脊柱のアライメント(椎骨の配列)から逸脱した状態をいいます。脊柱は、正面あるいは背面から見るとほぼまっすぐで、横から見る とカーブ(弯曲)しています。これを生理的弯曲といいます。この弯曲が異常であったり、正面から見て側方(横)に弯曲したりする状態を脊柱変形といいま す。
脊椎の生理的弯曲は、頚椎が約20度の前弯(前方に凸型)、胸椎が約20~40度の後弯(後方に凸型)、腰椎が約35~60度の前弯(前方に凸型)と 言われています。これらの数値から逸脱している場合は、脊柱変形(後弯症あるいは前弯症)と診断されます。また、正面あるいは背面から見て10度以上の左 右の”ぶれ”がある場合は側弯症と診断されます。

特発性側弯症の多くの場合、「前後」、「左右」という2次元的なものに、「回旋(頭を軸とすると捻じれ)」が加わり、3次元的な変形になります。ここ で問題になるのは、小さなお子さんに変形が見つかった場合です。お子さんは成長しますから、その成長に伴って変形がどのように経過するかを予測し、最適な 治療を考えなければなりません。このような場合は、3次元+「時間軸(成長に伴う経過)」を念頭に置き、慎重に対処する必要があります。

側弯症

脊柱変形の中で最も多いのが側弯症で、その中でも特発性側弯症が最も多く70~80%を占めます。「特発性」と「突発性」とを混同される方も多いので すが、特発性は英語で”Idiopathic”といい、その語源に「なにも分からない」という意味を持ちます。突発性は”sudden”で「突然」という 意味ですのでまったく異なります。つまり、知らない間に出てきて原因がわからない側弯症を特発性側弯症と言うのです。特発性側弯症については後ほど詳しく 説明します。
特発性側弯症以外の側弯症には先天性側弯症、症候性側弯症や神経筋原性側弯症があります。これには、マルファン症候群やレックリングハウゼン病など特殊な病気に付随した側弯症があります。
先天性側弯症は、生まれつきの椎骨の異常による側弯症です。①形態の異常:椎骨の形成が出来ていないタイプと、②分節化の異常:通常は節状にわかれて いる椎骨や肋骨がくっついているタイプと、大きく2つに括られます。最も問題になるのは、この両方のタイプが複数の個所で存在している場合です。特に、胸 郭(肋骨)の分節化と形成が不十分であると重度の側弯が起こり、肺の形成にも影響することがあります。ごく少数ですがそういう症例もあります。
また、神経筋性側弯症も多いです。これは、脳性小児まひや筋ジストロフィー症など、身体が支えられない状態にあるために起こる側弯症です。

後弯症

胸椎では、角度が大きくなる=後弯が強くなる=後弯症となり、頚椎と腰椎の場合は、角度が小さくなる=前弯が緩やかになる=後弯症となります。
後弯症で問題となるものに、日本では少ないのですがショイエルマン病があります。思春期に発症する原因不明の病気で、複数の椎間板が変性し椎骨の前方 がつぶれて楔(くさび)状になり、そのために後弯を引き起こします。胸椎の弯曲が80度以上になることもあり、その場合は手術の適応となります。

また、先天性の後弯症もあります。これは生まれつき椎骨の前方が楔形になっているために起こるものです。
このほか、外傷によって脊椎の圧迫骨折や破裂骨折から椎体がつぶれ、胸椎から腰椎への移行部(胸腰椎移行部)が後弯してくることがあります。昨今、日 本では高齢化にともなって骨粗しょう症性の椎体圧迫骨折が増加しています。特に、胸腰椎移行部は骨折を起こしやすい部位です。本来、胸腰椎移行部は弯曲が なくほぼ直線に近い部位ですが、骨折によってそこに後弯ができてしまいます。腰椎の生理的な弯曲(前弯)の下限は30-35度位ですが、椎間板の変性や椎 体変形によって前弯が弱くなって直線化してきたり、さらに進んで後弯してきたりすると腰痛の原因になります。

前弯症

胸椎では、後弯角度が小さくなる=後弯が消失=前弯症となり、頚椎と腰椎の場合は、角度が大きくなる=前弯が強くなる=前弯症、過前弯となります。
胸椎では後弯が強くなることも問題ですが、逆に前弯が起こっても胸郭に影響を及ぼします。背中が平らに近くなることで、胸郭の容量が少なくなってしま うからです。そのために呼吸機能が低下して、リスクの高い手術をしなければならない症例もあります。
胸椎の前弯症は、特発性側弯症に稀に合併して起こることがありますが、胸椎の後弯が20度以下の後弯低下のことが多いです。捻れも加わり3次元的に変 形してくることもあります。また、側弯症と後弯症が合併する人もいます。胸椎については、その角度と呼吸機能の関係を示した指標がありますが、それによる と、左右の角度が100度を超えると心臓や肺の機能に影響を及ぼすとされています。前弯症が合併すると70度でも心肺機能に影響します。

特発性側弯症

脊柱変形の中で最も多く、学校検診では100人に1~2人の割合で起こると言われています。原因については徐々に解明しつつありますが、まだはっきりとしたものはなく、遺伝など多因子によるものとされています。
年代別に、乳児期、学童期、思春期、成人に分類されますが、特に0歳から5歳以下のお子さんについては、”early-onset scoliosis”(早期に発症する側弯症)ということで区別しています。これは、5歳以下で発症する側弯症が、内蔵の成長過程の中で側弯が進行するた め、内臓器機能低下の問題の発生ため、別枠でとらえる必要があるからです。
変形のパターンとしては、高度な3次元的な変形(前後、左右、捻れ)を呈すると言われています。
特発性側弯症の治療は、①経過観察、②装具療法、③手術療法の3つを組み合わせるのが一般的で、国際的にも同様の治療が行われています。
それぞれの治療については、骨が成熟しきっていない場合と、骨の成長が終わっている場合とでまったく異なります。女子の場合は平均して15歳過ぎで骨 の成長が完了します。ですから「10歳で25度」と「18歳で25度」では、その角度の意味合いがまったく違うものになります。
経過観察については、思春期であれば初潮から2年位が「グローススパート」といって背がよく伸びる時期ですので、その成長を計算式(年齢や角度などを 考慮したもの)で予測しながら経過を観察します。思春期までは一般的に3~6カ月ごとに経過を見ますが、3カ月で10度、20度と進行する場合もありま す。なお、エックス線検査による被ばくという問題に対しては、正面から撮ると乳がんの発生率が高くなるため、背中側から撮るようになっています。また、重 要な臓器、放射線被ばくに弱い生殖器などは、遮蔽するなどして保護します。成人の場合、毎年撮ってもあまり変化は見られません。5年毎、10年毎など、転 居など人生のイベント時に撮りましょうと話しています。
装具療法は、骨の成熟度と年齢、親の身長などを参考にしながら進めます。胸椎の場合は「25~40度の範囲で装具を着ける」というガイドラインがあり ますが、骨の成長が完全に終わっている患者さんに使用することはまずありません。また、装具の種類については、専門医が診察して処方する装具であれば間違 いはないでしょう。
骨の成熟度を測る方法として、一般的には2つの方法があります。1つは、骨盤のエックス線写真で骨盤の骨端の成長を6段階で評価するものです。もう1 つは、手指のエックス線写真で第2関節の形状を見て評価します。これらの評価法で、骨の成熟度と年齢を考慮して、さらに、1年間で1cmも背が伸びなければ、ほぼ身長の伸びが止まったと判断できます。

側弯症の手術治療について

側弯症の手術療法として矯正術が行われています。手術を決めるポイントは角度です。整形外科では、胸椎と腰椎の角度について40年間自然経過を見たグ ラフを参考にしていて、例えば、「腰椎の側弯が40度以上や胸椎の側弯が45~50度を超えると身長が伸びなくなっても進行するので、手術をして進行を食い止めましょう」と言うことになります。

なぜ小さなお子さんに手術を行うかというと、骨が柔らかいからです。矯正手術によってまっすぐになり易いということがあります。逆に、成人になると合併症が多くなり、また身体も硬くなって矯正を行う際に支点となる椎骨への負担も大きくなります。
側弯症の手術の目的は、①変形の進行を止めること、②美容上の問題を解決すること、③QOL(Quality of Life=生活の質)を改善することです。



他の脊椎の疾患と異なり、「痛みや麻痺が出てきたので手術を行う」ということではありません。弯曲が強くなって90度位になると痛みを訴える人も多い ですが、70度位では痛みを訴えない人もいます。ただし、20歳を超えてからの側弯症は、痛みやQOL低下のために手術を行うことがあります。

特に腰椎の側弯症に問題が多いです。腰は痛みを発することが多い部分で、日常的に腰痛があると非常にストレスになります。
ですからその場合は手術を行います。

また、若い頃に側弯症を診断され、手術をするかどうかの境界線にあった人や、手術の適応があってもそのままにしていた人の中で、特に女性の場合は閉経 後に骨がもろくなり、椎間板も傷んで側弯症が進行して痛みが出てきて、手術となる場合もあります。

手術に際しては、神経麻痺の発生が怖い事と思いますが、近年手術手技の向上と脊髄神経のモニターの発達により安全に行えています。やはり若い女の子が 多いのでなるべく傷が目立たないように、皮膚の内側をしっかり縫って、表面は医療用のボンドで閉じるなど工夫を行っています。

成人の側弯症治療

若い時に治療をしていて、手術の話をすると病院に来なくなってしまう人たちが少なからずいます。手術の適応があるということは、進行する可能性が高い 状態なので、大人になってから痛みなどの症状が出てくる場合もあります。また、子供の時に側弯症を見落とされてしまい、加齢に伴って痛みが出てくる場合も あります。
このように、ある程度の年齢になって側弯症が悪化して病院に行っても、「治しようがないから我慢しなさい」と言われることが少なくありません。それで はあまりに患者さんが気の毒ですので、私はそのような方に対してもまずはリハビリテーションに通って理学療法士の指導を受けてもらい、場合によっては装具 も着けてしっかりと治療を行います。運動療法の効果ついては学術的な根拠がないのですが、続けていれば身体が硬くなるのを防ぐ効果はあると思います。ま た、ストレッチの方法によっては身体が柔軟になります。ストレッチについては外来でも指導していますが、実行するかしないかは患者さん次第です。
このような治療で患者さんが満足すれば良いですし、改善しない場合は手術治療を行うこともできます。治しようがないということは決してありません。
ただし、高齢になってからの手術は、お子さんに対して行うものよりも難しくなります。通常の手術法+骨を切ること(骨切り術)が必要であったり、ま た、脊柱管の狭窄症が合併していることも多いために除圧術を追加したりする場合もあり、手術手技が複雑になるので慎重に行わなければなりません。また、入 院期間についても、若い人が2週間位のところを6週間以上かかる場合もあります。

側弯症と診断されたら

学校の検診で側弯症を疑われた場合は、側弯症指定医のいる病院を受診することを強くお勧めします。治療に関しては、特殊なものではなく一般的な治療を 行っている医師が良いと思います。また、手術症例も多い所が良いです。しかし、側弯症を含めて実際に手術を行う症例はそう多くはありません。私の勤務する 病院では年間20例位です。それでも近年、側弯症の手術を専門に行っているような病院に患者さんが集まるようになっており、患者さんのニーズと手術する医 師の技量がうまく合ってきているようです。
将来的に進行しないと医師に診断されたお子さん達は、定期的に通院する必要も無く、普通に生活することができます。また、手術の適応はあるけれど「ど うしても手術はしたくない」という場合でも、角度が大きくなければ普通に生活している子もたくさんいます。身体に多少のゆがみがあっても、前述した方々以 外は内臓に影響することはほとんどありません。海外では側弯症の歌手やプロゴルファーもいるくらいです。
基本的には命に影響する病気ではありませんので、何かあれば側弯症に精通した整形外科を受診する程度でも良いと思います。また、将来どうなるかはあくまでも確率論ですので、絶対ということはありません。
問題なのは、自分で治療を中止してしまう方です。そういう方は整体などの代替治療に行かれるようです。「身体のゆがみを治す」とうたっている施設もあ りますが、ゆがみを手で治すことはできません。学童期の側弯症では自然に良くなるお子さんもいるので、効果があると思い込んでしまうかもしれませんが、気 休め程度と考えた方が良いでしょう。また、代替医療自体は医療行為ではないため、治らない場合は自己責任となりますので、それも念頭においた方が良いと思 います。

笹生 豊 先生メッセージビデオ
聖マリアンナ医科大学病院 ホームページ
http://www.marianna-u.ac.jp/hospital/