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第9回 転移性脊椎腫瘍

今回は、『転移性脊椎腫瘍』について日本大学医学部附属板橋病院 整形外科 教授 徳橋とくはし 泰明やすあき先生にお話を伺いました。徳橋先生は、転移性脊椎腫瘍の治療指針として日本および海外で使用されている「徳橋スコア」を開発されたスペシャリストです。

  1. 転移性脊椎腫瘍とは
  2. 整形外科医の役割
  3. 整形外科の治療
  4. 手術治療の適応と方法
  5. その他の治療
  6. まとめ

転移性脊椎腫瘍とは

転移性脊椎腫瘍とは、悪性腫瘍が脊椎に転移したものをいいます。悪性腫瘍には、胃や肺などの臓器にできる「がん」や、「肉腫」、「白血病」などがありますが、転移性脊椎腫瘍のほとんどが「がん」からの転移によるものです。
がんで亡くなる症例のおよそ30%に骨への転移があると言われており、その中で最も多いのが脊椎への転移です。頚椎から仙椎まで脊椎のどの部分でも起 こりますが、頻度としては腰椎が多いです。ですから、患者さんの訴えとしては、「腰痛」が最も多いということになります。
この病気の問題点は、①進行すると強い痛みを生じ、手足の麻痺を生じたり、それに伴って日常生活が困難になったりして患者さんの負担の大きい重症度の 高い疾患であること、②ひとたび発症すると、ほとんどの場合、完全に治ることが難しい病気です。まれに治癒することもありますが、完全に治すというのは不 可能と言える疾患であることです。

整形外科医の役割

整形外科に来られる患者さんの訴えで一番多いのは通常「腰痛」です。そして、転移性脊椎腫瘍の訴えで一番多いのも「腰痛」です。ですから、「腰痛」で来られる大勢の患者さんの中に、この病気が隠れていることになります。
隠れているのが見つかった時にはかなり進行していて、治療が難しい場合も多いため、整形外科医としては、とにかく早く見つけて転移性脊椎腫瘍の診断を することが一番重要です。次に大事なことが、転移のもとのがんの部位(原発巣)を担当する科に早く紹介することです。この2つが整形外科の大きな役割になります。

この病気の特徴は、①痛みがだんだん強くなる、②安静にしても軽快しない、③夜間に痛みがある、この3つです。これらの自覚症状とレントゲン検査で疑 わしい個所があれば、必ずMRI検査を行います。なお、MRI検査は、90%以上の確率でこの病気を診断することが可能と言われています。

特徴的な自覚症状

  • 進行する痛み
  • 安静でも軽快しない
  • 夜間に痛む

病気の診断がついたら、次は転移のもとのがんの診療科を探します。”骨に転移しやすいがん”というのがある程度わかっていますので、その頻度の高いものから疑って調べるのがポイントです。
骨に転移しやすいがんは「肺がん」、「乳がん」、「前立腺がん」です。男女別でみると、男性では「肺がん」、「前立腺がん」、「胃がん」、「肝がん」 の順に多く、女性では、「乳がん」、「肺がん」、「子宮がん」、「甲状腺がん」の順に多いとされています。
転移のもとのがんがわかった時点で、そのがんを扱う診療科あるいはすでにそのがんの治療をしていればその主治医に患者さんをすぐに紹介ないし連絡しま す。なぜなら、がんの種類によって効果的な治療法が異なるからです。例えば、放射線が効くがん、化学療法が効くがんなど様々です。そして、それらを最も理 解しているのがもとのがんを扱う医師なのです。
そして私たち整形外科医は、脊椎の状態についてその診療科の医師に、「麻痺がせまっています」とか「手術は難しいです」などを伝えます。そうすることで、一番効果的な治療法をその先生に選んでもらうことができます。
実際には、自分の勤務する病院でがん治療を行った患者さんであれば自分の病院のその科の医師にすぐ紹介しますし、もし、別の病院で治療を受けていた ら、その病院に戻れるように手配します。もしも、がんの治療歴がなく、整形外科でがん転移が初めて見つかった場合には、自分の勤務する病院の専門医にご紹介することになります。

整形外科の治療

転移性脊椎腫瘍の治療方針を決める際には、患者さんの予後(病気の見通し)が重要になります。
「徳橋スコア」は、いくつかの評価項目により患者さんの状態を点数化して、「その合計点数に応じて、だいたいの予後が予測できる」というもので、6か月未満、6か月以上、1年以上の3段階に区分けされます。この期間が短いほど、重症度が高くなります。

「徳橋スコア」の評価項目

  • 全身状態
  • 脊椎以外の骨転移の数
  • 脊椎転移の数
  • 原発巣の種類
  • 主要臓器への転移の有無
  • 麻痺の状態

手術治療は患者さんへの負担が大きいため、一般的には、予想予後が6カ月以上の場合に手術の適応となります。
患者さんはあらゆる治療を希望されると思いますが、このように、整形外科で出来る治療が限られているのが現実です。ですから、患者さんが最適な治療を受けるためには、どうしてももとのがんの医師が必要になるのです。

「がん難民」にならないために

ここで問題となるのが、以前がんの治療を受けていても、がんの転移については、「もとのがんは治っているから」とか「骨のことは診られないから」と 言って治療を断られ、もとのがんの診療科に戻れない、いわゆる「がん難民」の患者さんがいることです。
そのような患者さんの中には、「がんが治ったと言われたから、もう医者へは行っていない」などと、自分の判断で勝手に治療を打ち切っている人も多くいます。そのような意味では、患者さんにも責任があるかもしれません。
がん治療では、「治った」と言われた後も、定期的に医師の診察を受けることが大切です。また、転移のことを考えると、がんの治療を受ける際には、放射 線治療ができ、十分な化学療法ができる病院、あるいはこのような他施設と連携している病院を選ぶべきだと思います。きちんとしたがん治療ができる病院であれば、がん転移が見つかった場合でもても、通常は戻って治療を受けることができます。

手術治療の適応と方法

手術の適応は、①背骨が支えとして役に立たなくなったような場合(支持性の破綻)、②手足が動かなくなった場合(麻痺)、③他の治療(化学療法や放射 線治療など)が出来ない、あるいは効果がない場合、④転移が限られていて、そこを上手く治療すればかなり長く生存できるような場合です。これが今の日本の 標準的な手術の適応です。

整形外科手術の適応

  • 支持性の破綻
  • 麻痺の出現
  • 他の治療法の効果がない
  • 転移が限局的で、効果が期待できる

手術の方法は大きく2つあります。
1つは、腫瘍は残したままにして壊れた支えに対して、柱を立てて安定化させる手術です。その際にこれには金属製のネジなど人工物を使用したインストゥ ルメンテーションと呼ばれる固定法を用います。今はどこのメーカーでも頚椎から仙椎まで使用できるインストゥルメンテーションが開発されています。
もう1つの方法は、柱を立てて安定化させることに加えて腫瘍を全部取ってしまうものです。ただし、腫瘍を取る場合は、大がかりな手術になり、患者さん にも大きな侵襲になります。そのため、少なくとも予想される予後が1年以上あることが望ましいと言えます。私の経験では、この手術ができるのは、同じよう な脊椎の転移の患者さん20人に1人もいないのが現実です。ほとんどの患者さんは多発に転移していて全身状態が悪く、手術に耐えられないことが多いので す。

その他の治療

最近では、転移性脊椎腫瘍を含む骨を壊す腫瘍の治療に、ビスフォスフォネートという薬剤の投与が標準的な治療になりつつあります。これは、骨粗しょう 症の治療薬で、骨の吸収を抑えて骨を増やす効果があり、腫瘍による骨の破壊を抑制する効果があると言われています。
転移性脊椎腫瘍の治療の場合、通常は放射線治療などと併せて、濃度の濃い注射液を用います。抗がん剤などの化学療法とは異なります。
その抗がん剤治療についても、最近ではかなりの重症例でも行うようになり、転移があっても早期に発見されれば延命が可能になってきています。

まとめ

この病気で手術を行う条件は、一般的に予後の予想が6カ月以上と言いましたが、それともう一つ大切なことがあります。それは、転移のもとのがんの医師 と連携が取れることです。そうしますと、手術を行う患者さんのほとんどが自分の病院でもとのがん治療を受けた患者さんとなります。ですから、私たちはよほ どのことがない限り、別の病院で治療を受けたがん患者さんの治療をお受けすることはありません。
がんの脊椎転移が見つかったら、整形外科の医師と相談してもとのがんを治療した医師の病院になるべく早く戻って治療をうけることです。もとのがんの種 類によって、どのような治療が必要か、また、効果も異なります。ごくまれですが、放射線や化学療法でほとんど治るがんもあります。
がんは転移が起きてからでは治療が間に合わないことも多いです。ですから、最初のがんの治療のときから、例えば内視鏡手術で取れるような初期のがんで も、放射線治療や化学療法が十分出来るような病院を選ぶこと、そして定期的な受診を継続することが望ましいと思います。

日本大学医学部附属板橋病院 ホームページ
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