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第5回 頚椎症性神経根症/頚椎症性脊髄症

今回は『頚椎症性けいついしょうせい神経根症しんけいこんしょう頚椎症性けいついしょうせい脊髄症せきずいしょう』について、神戸市にある神戸労災病院 副院長の鷲見正敏すみまさとし先生にお話をうかがいました。
この病院は、「脊椎外科」、「手の外科」の専門病院として発展し、脊椎手術においては、年間308件(頚椎125件、腰椎158件、胸椎25件)の実績(いずれも2008年度)を持つ全国でも有数の病院です。

  1. 頚椎症とは
  2. 症状
  3. 脊髄と神経根の違い
  4. 頚椎症性神経根症の治療
  5. 頚の姿勢と神戸枕
  6. 頚椎症性脊髄症の治療
  7. 手術の適応を見極めることが重要
  8. 手術の実際
  9. 脊髄専門医を受診することが大切

頚椎症けいついしょうとは

頚椎は年齢とともに変化します。椎間板が弾力を失ってクッションとしての役割が果たせなくなり、椎骨と椎骨がこすれ合って変形したり、骨の並び方が変わったりします。このように、「頚椎に年齢的な変化が起こること」を頚椎症、正確には変形性頚椎症へんけいせいけいついしょうと言います。これは誰にでも起こることであって、このこと自体は病気ではありません。
この変形性頚椎症が起こったために、脊髄や神経根が圧迫されて、そのための痛みやしびれや麻痺が出てくる場合を、頚椎症性脊髄症あるいは頚椎症性神経根症という名で呼びます。これは病気の状態です。
例えば、頚椎の年齢的な変化が中年以降急激に起こってきたり、その変化が強かったり、あるいは、頚椎の中を通る脊髄や神経根の通り道が生まれつき狭 かったりすることがあります。それにより脊髄や神経根が圧迫されて、”手のしびれ”や”足のしびれ”、”あるいは手足が動かしにくい”などの症状が出てき た状態を言います。

症状

頚椎の中には、脊髄せきずいという神経と神経根しんけいこんという神経が通っています。頭蓋骨の中にある脳から脊髄が下りてきて頚椎の中に入り、神経根を介して手に神経が出て行きます。あるいは、脊髄は頚椎を通ってそのまま足の方へ下りて行きます。
頚椎症性神経根症では、脊髄から外へ出てきた神経根という神経が圧迫されるために、手のしびれ、手の痛み、くびから肩、腕、指先にかけてのしびれや痛み、そして、手の指が動かしにくいなどといった、上肢や手指の麻痺の症状が出てきます。足に行く神経、つまり脊髄は圧迫されないので、上肢(腕)の症状だけが出てきます。

一方、頚椎症性脊髄症では、足へ行く神経も圧迫されるので、圧迫されている部分より下の手と足の症状が出てきます。手に行く神経が圧迫されると、手がしびれたり、あるいは手の指が動かしにくかったり、ひじや肩が動かしにくくなったりという症状が出ます。足の場合には、足のしびれはもちろん、歩きにくくなったり、階段の昇り降りが不安定になったりという症状が出てきます。ひどい状態になると、膀胱直腸障害ぼうこうちょくちょうしょうがいと言って、尿や便が出にくくなったり、あるいはもれ出てしまったりという症状も出てくることがあります。

脊髄と神経根の違い

治療には大きく分けて保存的治療と手術がありますが、頚椎症性神経根症と頚椎症性脊髄症とを分けて話をしなければなりません。なぜこの二つを分けて考えなければならないかと言うと、脊髄と神経根では神経の種類がまったく違うからです。
脊髄というのは神経の塊です。脳と同じで、そこには神経の複雑なネットワークがあります。ですから、脊髄が圧迫されると非常に重要な機能が失われる可 能性があります。神経根というのは、その複雑な脊髄から出て行った1本の神経にすぎず、また、脊髄に比べて丈夫にできています。
このことを患者さんに説明する時に、パソコンを例にとって話をしています。パソコン本体のコンピューターを脊髄、そこから出ている1本の電気コードを 神経根に例えます。脊髄、つまりコンピューターは非常に複雑な機能を持っていますが、神経根というのはそこから出ている電気コードで、それは少し踏んだく らいでは、そう簡単に潰れたり切れません。切れてもつなげば元に戻ります。ですので、それほど大きな問題にはなりません。
しかし、コンピューターは踏んだり蹴飛ばしたりしたら潰れてしまいます。一度潰れてしまったコンピューターは、お店で修理してもなかなか直りません し、直ってもスッキリしないことが多いのです。このように、頚椎症性神経根症と頚椎症性脊髄症は予後や将来の状態がまったく異なります。

頚椎症性神経根症の治療

神経根症はとても症状が強い場合があります。腕が痛み、しびれて、とても不快な症状が出ます。最初の症状は重いのですが、安静を保つことや薬を使うことで、症状が楽になります。これを保存的治療といいます。
手術まで考えることはあまり多くありません。例えば、この施設では、頚椎手術を年間120件くらいしていますが、そのうち頚椎症性神経根症で手術をす る人は年に1人か2人です。保存的治療で良くなることが多いので、手術の必要のないことが多いのです。
痛みが強い時はステロイドホルモンの内服をします。そしてもう一つは、私たちが使っている『神戸枕』の使用です。この枕は、頚を前に曲げる姿勢(前 屈)をとらせるような形をしています。頚を後ろに曲げる(後屈)と症状がひどくなるため、枕を使って頚を前屈させます。これである程度の効果はあり、痛み に関しては90%消失します。ただし、しびれは残ります。外来で診察の合間に、この枕を使って横になってもらい、楽になった人はそれを持ち帰って家で安静 にしてもらっています。
神戸枕こうべまくら』とステロイドホルモンの内服で良くならない場合は神経根ブロックをします。
頚椎症性神経根症で手術の適応となるのは、保存的な治療法をしてもなかなか症状が良くならない人と、圧迫によって上肢のしびれや痛みだけでなく、麻痺 が出てきている人です。このような場合は手術をすることもありますが、割合としてはかなり少ないです。
実は私も頚椎症性神経根症を経験したことがあります。それは非常に痛くて不快なものです。長期間にわたって不快な思いをしたり、仕事に支障をきたした り、わずらわしい思いをすることも多くて精神的にも参ってしまいます。姿勢によって苦痛を感じる時もあれば楽な時もあり、また、通常の痛み止めを飲んでも 効かないので、初めは精神的なものではないかと思うこともありました。このように自分が患者となったことも、枕の開発の一因となっています。

頚の姿勢と神戸枕

保存療法で患者さんが気をつけることの基本は姿勢です。脊髄症や神経根症を起している人は、病気の状態によって違いはありますが、多くは前屈ぜんくつ(頚を前に曲げる)をすると神経がゆるむ傾向にあります。後屈こうくつ(頚を後ろにそらす)をすると神経が圧迫される状態になります。ですから、後屈をとらないような姿勢がいいと思います。
具体的には、布団を干すとき、押入れのものを取ったりする動作は辛いと思います。また、コンピューターを使うときは、椅子を高くしたり、モニター画面 を向こう側に倒して、覗き込むような姿勢をとるようにすると良いでしょう。車の運転は、ワゴン車などシートの高い車の方が楽にできます。

『神戸枕』は右の写真のように前屈の姿勢をとらせるような枕です。特に神経根症の人によく効きます。
ちなみに手術後の患者さんには、神戸枕は使いません。かえって姿勢が悪くなるからです。また、肩こりだけの人にも良くない場合があります。

頚椎症性脊髄症の治療

脊髄症も同じように枕を使っています。以前は、入院して頚椎の持続牽引法じぞくけんいんほうをおこなっていました。これは、”神経根症の症状の強い人”または”脊髄症の症状のひどくない人”に対して、入院して持続的に頚椎を牽引けんいん(引っ張ること)する治療です。効果はありますが入院しなければならず、また、持続牽引法といってもずっと牽引しているわけではありませんでした。第一の目的は、頚椎の安静を保つことでしたので、今は多くの場合、『神戸枕』を勧めていることが多くなっています。
頚椎症性脊髄症の場合は、コンピューターが潰れそうになっているわけですから、脊髄の圧迫による症状が出てきた場合は、手術をしてそれをゆるめてあげた方が良いというのが基本的な考え方です。
ただし、その患者さんが「どのくらい不快に思っているか」や「どのくらい日常生活が不自由になっているか」ということは無視できないと思います。です から、脊髄症があっても患者さんがそれほど強い症状を持っていない場合には、手術を強くは勧めていません。基準にしているのは、日本整形外科学会頚部脊椎 症性脊髄症治療成績判定基準です。

右の表1のような評価項目があり、正常は17点満点となります。
13点以上の人は、それほど日常生活に不自由を感じていないことが多いです。「ちょっとおかしい」、「手がしびれる」、あるいは「足がちょっと動かしにくい」ということで、医者に診てもらったら「脊髄症ですよ」と診断されるような状態です。

これが13点未満になると、明らかに日常生活に不自由を感じてきます。「階段を下りるときに絶対に手すりが必要」とか、「お箸が使いにくくなってき た」とか、普通の日常生活が送れなくなった人は、だいたい13点を切った人です。このように明らかに不自由を感じている場合は、「手術をしましょう」とい う話をしています。

表1(日本整形外科学会 頚部脊椎症性脊髄症治療成績判定基準より抜粋)

Ⅰ 上肢運動機能
0. 箸又はスプーンのいずれを用いても自力では食事をすることができない。
1. スプーンを用いて自力で食事ができるが、箸ではできない。
2. 不自由ではあるが、箸を用いて食事ができる。
3. 箸を用いて日常食事をしているが、ぎこちない。
4. 正常

Ⅱ 下肢運動機能
0. 歩行できない。
1. 平地でも杖又は支持を必要とする。
2. 平地では杖又は支持を必要としないが、階段ではこれらを要する。
3. 平地・階段ともに杖又は支持を必要としないが、ぎこちない。
4. 正常

手術の適応を見極めることが重要

先の評価で13点以上の比較的軽症の脊髄症の患者さんの場合、患者さんが積極的に手術を希望されないことも多く、手術をせずに経過を観察していること が比較的多くあります。これらの患者さんを5年以上経過観察すると、そのうち、明らかに脊髄症が悪化した人は約1/4でした。残りの3/4の方たちは、大 きな変化なく日常生活を送られています。
このように、手術をしなくても生活できている人が多いため、軽症の脊髄症の患者さんでしかもMRIでの脊髄圧迫がさほど強くない方に対しては、手術を強く勧めていないことが多いです。

それではなぜ「1/4の患者さんは悪くなり、3/4は悪くならない」のかというと、今のところわかっているのは、MRI(磁気共鳴装置)による検査での脊髄の圧迫の程度が関係しているようです。
症状がそんなに強くなくても、あまり日常生活に困っていなくても、脊髄の圧迫の程度が強い患者さんの場合は、手術をした方が良いのかもしれません。逆 に、しびれなどの自覚症状が強くても、日常生活ではきちんと動けていて、脊髄の圧迫がそんなに強くなければ、様子を見てもよいのではないかと、今の段階で は考えています。

ただし、一人一人の患者さんについては、色々な条件を考えなければならないと思います。例えば、30代40代の若い人で脊髄症の症状が出てきて、日常 生活はそんなに困ってないがものすごく不安であると言う人は、私は手術をしても良いと考えます。一方、高齢で心臓病や糖尿病などの持病があって手術後に問 題が起こる可能性がある人や、家からあまり出ない人などは、患者さんの背景や年齢など色々な要素から判断しなければならいので、脊髄症であっても手術をす べきかどうかは一概には言えません。

よくお医者さんで「寝たきりになりますよ」と言われることがあります。ちょっと手のしびれが出たので、お医者さんに行ってMRIを撮ったら、「脊髄が 圧迫されているので、寝たきりになる可能性がありますからすぐに手術しましょう」ということがよくあります。
しかし、軽症の脊髄症の方がすぐに寝たきりになることは少ないと考えています。変形性頚椎症とは少し異なりますが、頚椎の靭帯骨化症では転倒などのけがで寝たきりになると言われますが、ある先生の調査ではそうなる確率はおよそ14%と、意外に寝たきりになる人は多くないという結果が出ています。

手術の実際

MRIで脊髄の圧迫が1箇所か2箇所までの場合は、頚の前側から前方除圧固定術を しています。前方除圧固定術は、比較的症状の改善が早く、ぱっと良くなることが多いのですが、固定された部分の下あるいは上の部分に負担がかかり、術後し ばらく経過した後に症状が悪くなることがあります。ですからあまり広い範囲(3箇所以上)で脊髄に圧迫がある場合や生まれつき脊柱管(神経の通り道)が狭 い場合は、前方からはあまりしないようにしています。また、固定しようとしている部分の上下で、もともと頚椎が不安定な場合は、そこまで固定する範囲を広 げるか、それを含めて3箇所以上になった場合は、前方ではなく後方から手術をしています。
実際には前方の固定術はあまり多くなく、後方(頚の後ろ側)からの椎弓形成術(縦割じゅうかつ)を主にしています。昔は片開き式の椎弓形成術をしていましたが、一時的に上肢が上がらなくなるなどの麻痺が出ることがあるため、その発生頻度がより少ない縦割式に変更しました。また、できるだけ頚の後ろの筋肉を温存するよう工夫しています。
術後のカラー(装具)もしていません。カラーをすると筋肉が弱くなり、また、カラーに頼ってしまい、どちらかというと前にお辞儀をしたように姿勢が悪くなります。
術後3日目から起きて、術後2週間で抜糸です。感染などの問題がなければ、抜糸とともに退院することも可能ですが、患者さんの不安を考慮して、術後3週間で退院としています。

脊椎専門医を受診することが大切

頚椎症性脊髄症を起しても、症状がそれほど強くない場合は、すぐに状態が悪くなって寝たきりになってしまうことはまずありません。ですので、あわてずに脊椎専門医のいる病院を受診することをお勧めします。
また、私が診てきた患者さんで、それほど症状が強くなくて手術をしないで経過をみていて、その後状態の悪くなった1/4の人のうち、半数以上の人は最 初に受診してから1年以内、長くても2年以内に悪くなっています。このように、悪くなる場合は、割りと早くに悪くなりますので、初診から1~2年の間は定 期的に受診して、経過を診てもらうほうが良いと思います。

神戸枕に関するお問合せ先:
宮野医療器(株)ミヤノ健康ショップ 「モイヤン」神戸店
〒650-0017 神戸市中央区楠町5丁目4-8
TEL:(078)371-2146  FAX:(078)371-2931
http://miyano.jp/

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