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第3回 低侵襲で行う脊椎手術

今回は『低侵襲で行う脊椎手術』について、千葉県市川市にある東京歯科大学市川総合病院 整形外科部長の白石(しらいし)(たてる)先生にお話をうかがいました。
この病院では、年間300例の脊椎手術が行われ、特に、顕微鏡を使用した脊椎の低侵襲手術において、国内はもとより世界でも高い評価を受けています。

  1. 低侵襲手術とは
  2. 筋肉を温存する低侵襲の脊椎手術
  3. 筋肉を温存することのメリット
  4. この手術法の課題
  5. まとめ

低侵襲手術とは

低侵襲とは、文字通り患者さんへの”侵襲が少ない”という意味ですが、その根底にあるのは「患者さんに対する畏敬の念」「人間に対する畏敬の念」だと思っています。
当然のことながら、手術を始めたばかりの頃と経験を積んでからとでは、医師の技術に差がでてきます。医師として成長すれば、手術時間も短くなり、傷も小さ くなり、余計な所を切らずに目的を達することができるようになります。それは、「昨日よりも、前回よりも、もっと良い手術で次の患者さんに臨みたい」とい う強い思いがあるからです。
人間という存在に対して畏敬の念を持って臨めば、必要以上に組織にダメージを与えずに目的を達成するために努力するようになります。この気持ちこそが低侵襲につながるのだと思います。
そして、より良い手術をするために、考え、工夫することが、すなわち低侵襲手術なのです。何か特別なことや奇想天外なこと、特別な器械を使わないといけない、例えば、「内視鏡を使うと低侵襲になる」などということではないのです。

筋肉を温存する低侵襲の脊椎手術

脊椎は運動器です。脊髄(神経)という大切な組織を保護する容器であると同時に、頭や体を動かす運動器でもあるわけです。
頚椎であれば、”頭を支えて姿勢を保つ””頭を動かす”という働きがあります。この働きに必要不可欠なのが筋肉です。この力の源となる大切な筋肉を温存する、つまり、筋肉を傷つけないで手術を行うのが、私の低侵襲手術です。

頚椎の場合は、特に棘突起(きょくとっき)椎弓(ついきゅう)といった頚椎の後ろ側の骨に直接ついている筋肉が重要です。
従来の手術法では、頚椎に到達するためにこれらの筋肉を骨からはがします。しかし、私の場合はこれらの筋肉を骨からはがさずに手術を行います。

どのようにして頚椎に到達するかというと、頚椎の後方についている筋肉のすき間を利用します。もともと棘突起や椎弓についている筋肉は、右左に分かれていて、その間にすき間があります。このすき間を利用して、筋肉をはがさずに、そのすき間を広げて頚椎に到達し、手術を行うのです。

筋肉を温存することのメリット

  • 回復が早い
  • 手術後の後背部痛が少ない
  • 頚椎のカーブがくずれにくい
  • 手術後の運動制限がない
  • 手術中の出血量が少ない
  • 再手術でも初回と同じように手術ができる

1.回復が早い

骨は筋肉からの血流(血液の流れ)で栄養を受けています。ですから、筋肉をはがしてしまうと骨に栄養を送る血流が途絶えてしまい、回復に時間がかかりま す。逆に、筋肉を温存しておけば、豊富な血流によって、より回復が早くなると言えます。骨を移植した場合も、筋肉を温存しておけば、そこから血流を得て、 骨癒合(骨がくっつくこと)がしやすくなります。

2.手術後の後背部痛が少ない

骨の付着部で筋肉をはがすと痛みにつながります。また、術後、残っている筋肉に負担がかかりすぎて、頑固な後背部痛をおこす場合があります。
最近では手術の時にさまざまな工夫がなされ、術後に薬物や理学療法を必要とする症例が20%以下に減少していると言われています。私の方法では、術後に薬 物や理学療法が必要となる症例は全体の2~3%程度です。その場合も、湿布などをする程度で、注射や理学療法が必要となる人はほとんどいません。
痛みが少ないので翌日から立って歩くことができます。つまり、無理なく早期離床、早期退院、早期社会復帰が可能になるのです。
特に高齢の方は手術の侵襲だけで認知症のような症状が出ることがあります。また、痛みのために動けずにいると、そのような症状がますます酷くなったりします。このような場合も、手術の翌日から歩けるので、そのようなことが起きにくくなります。
ここで誤解しないでいただきたいのですが、私たちは強制的に「翌日から立って歩きなさい」という指導は一切していません。「歩けるなら歩いてください。痛 くて無理ならば1日2日安静にしていれば、遅くとも3日目には歩けるようになります。」と説明します。しかし、大抵、翌日から立って歩かれています。少な くともトイレや食事の時にはそうされています。痛みが少ないので、患者さんが無理なく立ったり歩いたりすることができるのです。

例えば、頚椎症性脊髄症[?]という病気は40歳代から80、90歳代と幅広い年齢層がありますが、平均年齢は70歳以上と高齢者が多い病気です。ですから、痛みが少なく、術後早期に離床できることは大きなメリットと言えます。

3.くびの姿勢、弯曲(カーブ)がくずれにくい

脊椎は、横から見ると頚椎、胸椎、腰椎で前後にカーブしています(生理的弯曲[?])。正常な頚椎は前弯ですが、くびの後ろの筋肉がうまく働かないと、カーブがゆるくなり、前弯が損なわれてきます。
従来の手術法でも、切除する脊椎の範囲を少なくするなどして侵襲を抑える工夫がされていますが、それでも頚椎のカーブが少なからず変化します。

 

 

ですから、何らかの原因によって頚椎の前弯が損なわれ、真っ直になったり、逆に後弯になったりしている症例では、手術後にさらに後弯が進み、脊髄が圧迫さ れる可能性があります。このような症例には、金属で固定して前弯を作るような手術を行いますが、その分、侵襲の非常に大きな手術になっていまいます。
筋肉を温存しておく手術法では、このようなカーブの変化が1~2%と非常に少なく、これまで手術の適応がなかった頚が直線に近い患者さんや後弯の患者さんにも、手術の適応が広がってきます。

4.手術後の運動制限が殆どない

手術後も筋肉が元通りに働くので、頚椎の安定性が保たれます。ですから、手術後の装具(カラー)装着は不要ですし、基本的に頚の運動制限はありません。退院後すぐに車の運転をされる方もいます。

5.出血量が少ない

筋肉を傷つけないので、出血は非常に少なくてすみます。例えば、頚椎の後方固定術の例で、従来法とは比較にならないほどの少量ですみます。この手術法では平均42gとなっています。
手術時間は従来法と殆ど変わりませんが、大きく展開をしない分、手術操作に時間を要する場合もあります。それでも通常の1.2倍程度の時間で終わります。

6.再手術の時も、初回と同じように手術ができる

例えば、脊髄腫瘍の場合、通常は、腫瘍を安全に切除するために、筋肉をはがして神経と腫瘍の組織の周りを大きく開きます。すると、万が一再発した場合、2度目に行う手術は1度目の手術よりもさらに侵襲が大きくなります。
私の手術法は、筋肉をつけたまま骨を切って腫瘍を取り除いた後、また骨を元に戻します。元通りに骨と筋肉がおさまるので、大きな解剖学的な変化がありませ ん。教科書通りに骨が配列して筋肉も元どおりですから、例えば再手術には必ずあると言っていいほどおこる「筋肉がないから位置関係がわかりにくい」などの 混乱がおきず、2回目の手術の時にも初回と同じように円滑に手術ができ、また、侵襲も大きくなりません。

この手術法の課題

医師の技術を要することです。小さい傷で手術できるものをわざわざ大きく切る医師はいません。しかし、傷が小さくなるほど手術は難しくなります。そこで、 確実に操作を行うために顕微鏡を使用します。顕微鏡を使った手術は、医師の技術が平均以上でないとできません。ですから、誰にでもできる手術ではないとい うことです。

まとめ

脊椎は運動器ですから「運動の力源である筋肉を大事にすること」と、「姿勢や弯曲(カーブ)を損なわないこと」つまり、運動性と支持性の両方を温存するというのが私の脊椎手術の狙いです。

この手術法の他にも、頚椎症性脊髄症の除圧術[?]では、除圧する場所を選択して必要最小限の椎弓切除術を行っています。また、第1、第2頚椎といった上位頚椎の固定術(インストゥルメンテーション)[?]においても、筋肉を犠牲にしないで、かつ安全にスクリュー(ネジ)を挿入する画期的な方法を開発しました。

このように、我々はよりよい手術を提供するために、患者さんへの畏敬の念を持って日々努力を続けています。

白石 建 先生メッセージビデオ
東京歯科大学市川総合病院 ホームページ
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