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第8回 頚椎後縦靭帯骨化症

今回は、後縦靭帯骨化症(OPLL)の中でも発生頻度の高い『頚椎後縦靭帯骨化症』について、静岡県沼津市にある沼津市立病院 整形外科部長の望月もちづき眞人まこんど先生にお話をうかがいました。この病院では脊椎手術を年間250件(平成20年度)行い、頚椎後縦靭帯骨化症の治療において積極的に前方固定術を行っている全国でも有数の病院です。

  1. 後縦靭帯骨化症(OPLL)とは
  2. 治療について
  3. 検査と診断
  4. 転倒には注意が必要
  5. 手術の適応
  6. 頚椎後縦靭帯骨化症の手術治療
  7. おわりに

後縦靭帯骨化症(OPLL)とは

頚椎の後縦靭帯の後ろには脊髄があります。骨化・増大した後縦靭帯によって脊髄が障害されると、最初は手のしびれ、次には手の使い辛さ、歩くことに困 難を感じる、さらにひどくなればおしっこも上手くコントロールできなくなる、という症状が出てきます。このような症状が出る人もいれば、まったく症状が出 ない人も大勢います。実際に、靭帯骨化症を疑って受診する人は少なく、「ちょっと肩こりがひどくて」ということで整形外科を受診して、たまたま見つかると いうケースが多々あります。椎体の後ろを縦に走る靭帯が骨化する病気です。頚椎、胸椎、腰椎のいずれにも発生しますが、最も多いのが頚椎後縦靭帯骨化症です。後縦靭帯骨化症は、 日本人のおよそ3%に起こると言われています。3%というととても多く感じますが、これは「レントゲン上で骨化が確認される」確率であって、実際に症状が出るという人は非常に少ないです。

後縦靭帯骨化症は、男性に多く(女性の2倍)、40才以上で発症することが多いとされています。
原因はまだ解明されていませんが、遺伝子的な疾患と考えられていて、1/4くらいの確率で親から子へ遺伝すると言われています。また、靭帯骨化症は糖尿病 と関連が深いことがわかってきました。靭帯骨化症の人には、”糖尿病”や”糖尿病の前段階”の状態にある人が非常に多いです。このような多くの因子がから みあって、加齢とともに靭帯骨化ができるのではないかと考えられています。

治療について

この病院では10年間で150例の頚椎後縦靭帯骨化症の手術を行いましたが、保存的に経過をみている人も50人くらいいます。そのうち悪化したのは1 例だけで、それ以外の人は問題がありませんでした。たとえ靭帯骨化が大きくても、脊髄障害もなくてたまたま50-60代で見つかった人の多く(8割くら い)は、そのまま一生を終えられます。大きい靭帯骨化があるからといって「すぐに手術しましょう」ということではないのです。不幸なことに、大きな後縦靭帯骨化症が見つかってしまうと、医師から「歩けなくなるから手術をしましょう」と言われて非常に悩んでしまう患者さんがいます。実際に手術を迷ってここに来院されるかたもいます。
脊髄障害による症状が出ている人は早期に手術をした方が良いのですが、非常に軽い脊髄障害の場合は、慌てて手術する必要はありません。脳に動脈瘤が見つかって「破裂する危険があるから手術しましょう」というのとは違うのです。

検査と診断

縦靭帯骨化症はレントゲン検査で診断することができます。正常な後縦靭帯は薄いなめし皮のようなもので、レントゲンでは写らないのですが、骨化・増大してくるとはっきりとわかるようになります。
また、MRIは脊髄の状態が分かる検査です。脊髄は脊柱管の中で脳脊髄液に囲まれていていますが、私の経験では脊髄が悪くなる症例の8割程度で、脊髄の中心が白く変化してきます。これを輝度きど変化へんかといい、脊髄の中が傷害されているというサインになります。MRIをとってこの輝度変化がなければ、「保存的に様子を見てみましょう」という判断の指標になります。このようにMRIはある程度予後を占う意味でも重要な検査になります。
レントゲン上にひどい靭帯骨化があっても、高齢でそれほど活動性も高くなくて頚椎の動きも少なく、MRIでも脊髄の輝度変化がなく、そして、脊髄障害がまったくないという場合は、保存的治療を行っています。
この他、CTM(造影剤をつかったCT検査)などで、脊柱管や脊髄の断面を確認します。

転倒には注意が必要

医師から「車の追突事故を起こすと手足が麻痺する可能性があります」というようなことを言われて、焦って手術を希望される患者さんがいます。しかし、 それは、多くの患者さんにとっては、「あなた、今日、交通事故で死んでしまうかもしれませんよ」というのと同じ次元の話なのです。私が診ている患者さんの 中には、運悪く事故に遭われた人もいますが、大事には至りませんでした。もともと症状を出さないような人は「軽い外傷くらいなら大丈夫」というのが私の出 した結論です。
ただし、階段あるいは高所からの転落、自転車での転倒などには注意が必要です。転倒の衝撃によって脊髄の中心部が損傷されると、手術をしても神経が回 復しない可能性が高くなります。日常生活に制限はありませんが、とにかく転倒はしないように気をつけましょう。

手術の適応

表1

直ぐに手術をした方がよいのは、脊髄の症状がある人で、日本整形外科学会頚部脊椎症脊髄症治療成績判定基準(表1)が17点満点の12点、13点くら いに落ちている場合は、手遅れにならないうちに手術をした方が良いと思います。ただ、14点、15点の場合にどうするかというと、症状の軽い人は、MRI や頚の動き、靭帯骨化のタイプなどを見て、総合的に判断することになります。その場合も医師の経験が重要になってきます。

 

 

頚椎後縦靭帯骨化症の手術治療

1.椎弓形成術(脊柱管拡大術)

椎弓形成術という手術が最も安全と考えられ、最も多く行われています。日本で開発された手術法で、頚の後ろ側から手術を行い、脊髄が収まっている空間 (脊柱管)を形作っている椎弓を、後方へ開いて広げる手術(脊柱管拡大術)です。成績は非常に安定していますが、後縦靭帯骨化症の場合はいくつか問題点も あります。
脊柱管を広げると、脊髄は後方に逃げることができますが、当院の過去10年間のデータでは、実際には3mm程度しか後ろに動いていませんでした。さら に、術後しばらくすると頚椎が後弯(後方に凸に曲がる)してくるような症例で、後方に山型に出っ張った後縦靭帯骨化がある場合は、出っ張っている部分で再 び脊髄を圧迫する可能性が出てきます。
ですから、もともと頚椎が後弯している症例や、局所的に大きな骨化症がある症例では限界があり、このような術後の後弯や不安定性に対しては、金属のネジで固定したり、最近では、頚の後ろの筋肉を可能な限り温存する方法が開発されてきています。

2.前方固定術

椎体と骨化した後縦靭帯を前方から取って、椎体があった部分に患者さん自身の骨を移植するというものです。脊椎を専門とする医師の間でも、脊柱管の隙 間がほとんどなくなってしまっているような大きな靭帯骨化がある症例に対しては、後ろ側でなく前から取れれば一番良いと考えられています。

前方固定術では、骨化した靭帯そのものを一部だけ薄く残してほとんど切除してしまうので、脊髄圧迫の原因を直接取ることができます。切除した椎体の代わりには腓骨ひこつ(す ねの外側の骨)を採って移植します。これにより頚の動きは制限されますが、そうなると「日常生活に支障をきたすのでは?」と思われますが、実際に手術を受 けた患者さんからはそのような訴えはほとんどありません。むしろ、これにより頚の安定が保たれて、術後5年、10年と経過するにつれて脊髄が回復してくる という症例もあり、患者さんにとって最良の治療といえるでしょう。

ただし、前方固定術は一般的な脊柱管拡大術と比べると技術的に難しく、誰にでも行える手術ではありません。理屈で言えば、靭帯は脊髄の前にありますか ら、前から入って骨と靭帯を削れば良いわけですが、骨を削る際に神経を傷つけてしまう可能性があり、また、骨化した靭帯と脊髄を覆っている膜が癒着してい る場合は、靭帯を削った後で髄液が漏れてくることもあります。さらに、移植した骨(腓骨=すねの外側の骨)が外れてしまうなどの合併症にも注意が必要で す。このほかに、術後の管理も後方からの手術と比べると複雑になります。

プレート固定

プレート固定

入院期間は、手術の範囲によって異なります。手術範囲が短い場合は、チタン製プレートで固定するなど工夫を重ねて2週間程ですが、長く大きい手術の場 合はプレート固定ができないため、術後に頚椎の安定をはかる目的でハローベストと呼ばれる体幹から頭部を固定する装具を着なければならず、入院期間も約 2ヶ月と長期になります。なお、そのような大きな手術範囲のケースについても、術式を工夫することで徐々に入院期間の短縮がはかれてきています。

このように、手術には、後方から行う方法と前方から行う方法がありますが、これらを患者さんの状態によって使い分けることが重要です。また、病状や患 者さんの体力、全身状態にあわせて手術の方法を工夫することも必要です。例えば70才以上だとだいたい悪くなる部位は決まっていますから、そういう所をピ ンポイントで手術して、1週間くらいで退院できるようにするなどです。
前方手術に限っては、通常の頚椎前方固定術と違って、後縦靭帯骨化症の前方固定術は難しく、多くの経験を積む必要があります。ですので、実際に行っている 施設は限られていますが、後方からでも前方からでも、色々な手術のオプションを持っていて、そのすべてを安全に行えることが患者さんにとって一番のメリッ トと考えます。

おわりに

後縦靭帯骨化症は遺伝的な因子があることがわかっています。家族の中に靭帯骨化症と診断された人がいるならば、一度はレントゲンを撮って確認しておいた方が良いでしょう。
お祖父さんやお父さんに靭帯骨化があり、ご自身に糖尿の気があったら、これは最も危険なタイプですので、このような場合は早めにレントゲンを撮ってお いた方が良いと思います。40才で何ともなくても50才になって出てくる人もいますので、5年に1回くらいの間隔で確認することをお勧めします。
また、後縦靭帯骨化症と診断されたら、不要な手術をしなくて済むように、治療のタイミングをきちんと見極められる医師を選ぶことが大切です。手術の技 術よりも、手術をした方が良いのか、手術をしなくても良いのか、さらには、手術をしない場合にその後の経過をきちんと説明できる、そんな経験豊富な医師に 診てもらうと、安心して治療が受けられると思います。


望月 眞人 先生メッセージビデオ
沼津市立病院 ホームページ
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